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最高裁判所第一小法廷 昭和22年(れ)129号 判決

主文

原判決を破毀し、本件を福岡高等裁判所に差戻す。

理由

辯護人江川甚一郎上告趣意は「原審の辯護人両名は原審に於て自首減輕を主張したのである而してそのことは原審の公判調書に「江川辯護人ハ本件ハ被告人ニ於テ殺意ヲ認メテ居ルガ犯行ニ用ヒタ兇器ヲ出刄庖丁ヤ藁切庖丁等手近カニ鋭利ナモノガアツタニモ拘ラズ殺人ノ用ニ供スルモノトシテハ極メテ不相當ナ草刈鎌ヲ選ンデ居ル點ソノ他犯罪ノ動機等カラ見テ客觀的ニ見タトキ殺意ハ否定サルベキデアル依テ本件ハ傷害罪トシテ處斷サルベキモノデアル併シ被告人ガ殺意ヲ認メテ居ル爲殺人罪ト認定サレルトスレバ證人ノ手束シゲノ證言ニ依ツテモ明カデアル如ク被告人ハ自己ノ意思ニ因ツテ犯行ヲ中止シテ居ルノデアルカラ中止未遂トシテ法定ノ減刑又は刑ノ兔除アリタイ假ニ刑ノ兔除ガナイトキハ犯罪ノ動機ガ憫諒スベキモノアルコトハ法律上ノ自首ニハナラナイトシテモ事実上自首ヲシテ居ルコトト被害者ニ對シ慰藉ノ方法ヲ講ジ被害者モ寛恕シテ居ルコト被告人ノ家庭ノ事情ガ被告人ナクテハ農耕ガ出來ナイ事等デ情状酌量ノ上刑ノ執行猶豫ノ判決アリタキ旨辯論シタ提辯護人ハ江川辯護人ト同趣旨ノ辯論ヲシタ」とあるに因て推斷はつくのである辯護人は中止減輕と共に自首減輕を主張し假定的に法律上自首の効力がないとしても実質的には自首と同樣であるからその他の事情と綜合して刑の執行猶豫を與へられたいと言ふたのであって唯筆録者の筆が回らなかったに過ぎない尚此ことは同公判調書に裁判長との問答として問兒玉巡査ノ報告書ニ依ルト斯樣ニナッテ居ルガ長友武カ誰カガ報告ニ行ッタノデ兒玉巡査ガ現場ニ出掛ケテ居ル途中被告人ト會ツタノデハナイカ(巡査兒玉竜重ノ犯罪自首ニ關スル報告書(記録九八丁以下)ヲ讀聞ケタ)答駐在所ニ行クト兒玉巡査ト言フ人(これは筆録の誤記で長友武であることは明瞭である)ハ居リマセヌ私ガ駐在所ニ行ッタトキ兒玉巡査ハ私服ヲ着テ居ッタノデスガ官服ニ着換ヘル迄約十五分位待タサレタノデアリマスと掲げられて居り又江川辯護人の問に對し被告人が左記の樣に答へて居るのでも窺ひ知ることが出來るのである問被告人が駐在所ニ自首シテ行ッタトキ駐在所ニ長友武モ行ッテ居ッタノデハナイカ、答ソンナ者ハ行ッテ居リマセンデシタ而して辯護人が自首の點を重視し七月一日附書面を以て巡査兒玉竜重の訊問を申出たことでも自首減輕の主張をしたことを證據立得るのではなからうかしかるに原判決は自首減輕の點につき何等の判斷を下さず申出た證人兒玉の採否につき決定を與へなかった明かに刑事訴訟法第三百六十條第二項第四百十條十四に違反し破毀を兔れざるものと信ずる」というにある。

本件記録を調べてみると、原審において辯護人は、公判期日前に證人杉田義光、手束シゲ及び兒玉竜重の三名の訊問を申請したのに對し、原審は證人杉田義光及び手束シゲの喚問につき決定をなし公判においてもこの両名の取調を行ったが兒玉竜重については遂に所論のように採否を決せずそのまま結審して判決を言渡したことは明白である。そして刑事訴訟法第三四四條第一項によれば辯護人のかかる證據調の請求を却下するときは決定をなすべきものである。かくの如き證據調の請求につき決定をなすべき場合に原審がこれをしなかったことは前記法條に反する違法がある。記録によれば原審においては公判の最終にあたり裁判長は「事実並に證據の取調を終る旨を告げた」旨の記載があり又「被告人に對し意見並に最後に陳述したい事はないかと尋ねた」旨の記載があり被告人は「寛大な處分を仰ぐ旨述べた」と記載されているが、この問答をもって直ちに辯護人はさきに請求した兒玉竜重の訊問申請を抛棄したものと解したり、又は原審は結審に當り同證人訊問の請求を却下したものと解したりすることは、輕々に許されないところである(同法第四一〇條第一四號)。從って、本件上告は理由がある。

よって、刑事訴訟法第四百四十七條、第四百四十八條ノ二に則り主文の通り判決する。

この判決は、裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 真野 毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 岩松三郎)

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